沿革

昭和39年6月 本社を長水農工利用農業協同組合連合会(以下長水農工利連と略称する)ふるさと工場内の長野市大字下駒沢1262番地(現在地名変更により金箱)に置く
資本金300万円にて設立
昭和39年9月 資本金650万円に増資
昭和40年7月 安茂里に建設していた工場が完成し、これを長野工場とし、ふるさと工場と2工場操業体制を執り主力を長野工場に移す
資本金2,500万円に増資
昭和40年11月 エノキ茸の加工を開始する
昭和41年5月 資本金2,515.5万円に増資
昭和41年6月 本社を長野市大字安茂里2221番地に移す
昭和42年 大型機械の導入でジュース製造設備に改める
昭和43年 粉末ジュース、プリン、ミルクパウダーの製造始める
昭和44年 水ようかんの製造始める
昭和45年 肉類の加工製造(調理缶詰)始める
昭和46年 ふるさと工場の閉鎖と長野工場第3工場の建設を決め、本社隣接地の土地買収を行う
昭和47年 ふるさと工場の閉鎖
昭和47年12月 長野工場第3工場(肉缶詰・菓子類主体の工場)の建設着手 公害施設としての排水処理施設の建設に着手
昭和48年6月 長野工場第3工場及び排水処理施設が完成し、操業を始める
昭和50年 創立以来初めてトマト6,903t・リンゴ4,888tの加工処理を行い、低迷から脱却した栽培拡大期に入る
トマト・リンゴの加工製造施設の一大整備を行う
資本金4,000万円に増資
昭和51年 資本金8,000万円に増資
昭和52年 ジュースラインの全面改修増設を行い、1C/S30本入れ日産10,000C/S製造ライン導入
昭和53年4月 農協食品センター(須坂市)設立される
昭和53年10月 エノキ加工製造部門を農協食品センターに移管し、製品販売は当社で行う
昭和54年 第2工場棟にジュースライン1C/S30本入れ日産4,000C/Sを導入
調理缶詰(肉加工製品)の製造中止
昭和59年4月 農協食品センターの解散に伴い、長野興農(株)須坂工場として発足
昭和60年 株式会社興農配送センター設立(資本金2,000万円)
昭和62年 長野工場第3工場棟の改築工事開始される
須坂工場(須坂市野辺)へ移転建設始まる
昭和63年 長野第3工場棟、須坂工場棟が完成する
平成2年 東京営業所(東京都池袋)を開設
平成5年 果汁の搾汁設備の須坂工場への移転、冷凍冷蔵庫の建設に着手
平成6年 果汁の搾汁設備の須坂工場への移転、冷凍冷蔵庫の建設が完成する
大阪営業所(大阪市福島区)を開設
創業30周年を迎える
平成6年11月 農産物の(生産・販売)、(栽培方法・種苗の研究開発)等を目的とした子会社(有)農工を設立
平成8年4月 チアパック飲料製造設備導入 日産1,000C/S
平成8年7月 須坂工場(須坂市野辺)に減圧フライヤー乾燥品製造事業立ち上げの為、隣接地の買収を行う
平成9年1月 資本金10,000万円に増資
平成9年4月 資本金20,000万円に増資
平成9年12月 減圧フライヤー乾燥品製造事業導入 日産2,000C/S(1C/S24袋入れ)
平成10年3月 チアパック飲料製造設備増設 日産3,000C/S
平成10年11月 長野市青木島町にペットボトル飲料製造事業立ち上げの為、建設用地の賃借及び買収を行う
平成11年3月 資本金30,000万円に増資
平成11年4月 長野市青木島町にペットボトル飲料製造事業導入
平成13年12月 減圧フライヤー乾燥品製造中止
平成14年4月 ソフトパウチ飲料製造設備増設 日産5,000C/S
平成16年4月 東京営業所を東京都池袋より新宿へ移転
平成17年6月 長野工場第三工場飲料ライン HACCP承認取得
清涼飲料水{その他の清涼飲料水(密栓・密封後殺菌)
平成18年11月 ピーチジュース 農林水産大臣賞受賞
平成19年1月 川中島工場飲料ライン HACCP承認取得
清涼飲料水{その他の清涼飲料水(殺菌後密栓・密封)}
平成19年11月 信州りんごジュース(パウチタイプ) 農林水産大臣賞受賞
平成19年11月 ISO9001:2000認証取得
清涼飲料(ジュース類、果汁飲料、炭酸飲料含まず)、
容器詰め食料製品の設計・開発及び製造
平成20年2月 第3回信州イノベーション大賞 地産こだわり賞受賞(信州りんごジュース)
平成20年3月 東京営業所を新宿区新宿より新宿区四谷へ移転
平成20年10月 物流子会社「株式会社興農配送センター」を吸収合併
平成22年5月 本社機能を長野工場から川中島工場内へ移転
平成23年8月 須坂工場で新たなビン飲料ラインを導入
平成25年12月 FSSC22000認証取得
平成26年1月 創立50周年を迎え、記念式典実施

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